上代葉月はデスクに寄りかかったままに山吹薫に軽口を叩く沢尻悠を見る。多分この病院でそんな事が出来るのは、沢尻さんだけだな。と笑みをこぼす。
まぁ骨折の種類が大まかに分かった所で、例えば白波くん。君が日頃のそそっかしい性格を遺憾なく発揮し、階段で転んで足の骨を折ったとする。
過程が余計っす・・・でも骨が折れたら当然痛いっす!それに動けないっす!
当たり前だけどその通りだね!さっすが百合ちゃん!実は骨自体には痛みを感じる神経は無いとされていて、だけどもその周りの骨膜には痛みを感じる神経が沢山あるの!だからすっごく痛い!それに折れた骨の尖った端っこが筋肉や組織を傷付ける事もあるから想像しただけでも痛いよね!
山吹さんあまりそんな事は・・・でも例えどこの骨を折ったとしてもその痛みや、そして足の骨折ならば当然体を支えられないですから、とてもじゃないけど動けないですよね。
口を尖らせる白波百合の隣で、それにしても山吹さんはどういう先生だったのかな?と上代は首を傾げる。少なくとも女の子には人気がありそうだな。と人差し指を口に当てつつ反対へと首を傾げる。
そうだな。痛みと体動困難は当然として起こる。もし焦点を骨に当てるだけならそうだが、それ以外にも様々な事が体の中で起きる。その中でもまず一つが開放骨折。かつては複雑骨折と呼ばれていたものだな。
へぇー!複雑骨折は骨がバキバキに折れてしまった粉砕骨折と同じかと思っていたっす!
だよねー。日本語がややこしいからかな?開放骨折の多くは交通外傷、つまりは高エネルギー外傷で起きるの。簡単に言って仕舞えば折れた骨の尖った先端が体の外に飛び出すという事。当然沢山、出血してしまうし体の中と外が交通してしまうというのも大きな問題なんだよ。
そっか!体の表面は本来ならば感染を予防するためのものだから、それが破綻すると感染も怖いですよね!それに事故ならば当然傷口も汚れているから・・・大変ですね。
それにしてもと上代は、ふむふむと何時ものようにノートにメモを取る白波を見る。こんなに近くにずっといて気が付かないのだろうかと考え、まぁ百合ならありえるなと肩を竦める。
もちろん沢山出血する事により出血性のショック状態もまた怖い。それに尖った骨の先端が体外に飛び出るという事はその間の組織もまた傷を付けているという事だ。当然体外へと出血する以外にも体内にも出血をする。そしてそれは折れた部分の周囲、多くは腕や足の周りに内出血として溜まる。下腿だったら4つに分かれた区画に、前腕だったら3つに分かれた区画が圧迫してしまう事もある。
それもまたとても怖い事なんだよー。体の外に流れないからと言って出血は出血だから血圧も保ていない事もあるし、何よりも筋肉は皮膚で包まれて、筋肉の周りにある筋膜で分けられているのね。そこにドンドン血が溜まっていくとそれらの筋肉を押しつぶして、何よりもそこに走行する神経も圧迫し、障害し、例えば骨折が治っても指先が上手く動かなくなる、足先が動かなくなるといった障害が残る事もあるんだよー。
コンパートメント症候群と呼ばれるものですね。教科書くらいでしか知りませんが、それでも救急の現場ではよく起きそうですね
ふむ。ならば骨折の人を考える時には、どうやって折れてしまったかの他にも折れた骨が体にどう影響を与えるか。まで考えなければいけないっすね!
山吹さんと進藤守さんが昔に居た救急病院がどういった所かは想像が出来ないけど、それでも沢山勉強してきたんだなぁと上代は思う。もちろん人に教える事が出来るくらいにしっかりと。
そうだな。コンパートメント症候群を呈していなくても、特に肘や膝したといった神経の通り道が表層にある部分の骨折では神経に影響が出る時も少なからずある。それにそれが脊柱の骨折であれば脊髄が通っているから影響もまたある。頭蓋骨の骨折ならば、考えなくてもわかるな。
それに転倒してもよく起こる肋骨骨折でもその中に肺がある訳だから人によっては肺を傷つけている事もある。それに気胸になったり、咳をすると当然骨も痛むから痰を上手く出せずに肺炎を呈してしまう事もあるから要注意。肺の中に血が溜まる血胸といった症状が緩やかに進む時だってあるよー。
そう聞くとやっぱり怖いっすね。骨が折れると書いてはあっても深く考えるとやっぱり全身に関わる事なんすねぇ。
そうだね!でも動けなくなっても病院に救急搬送される事になったらやっぱり安心だね!骨折以外の症状を呈していても気がついて貰えるから。
そうっすね!と白波は上代を見て微笑んだ。しかしこの子も変わったなと思う。最初は誰もが心配したものだけど、山吹さんとも自然に仲良しになっている。
もちろん腕の骨折や足の骨折、特に開放骨折ならば緊急オペとなるが、それ以外の時には一旦安静後に十分な検査の後オペになる事もまたある。当然骨折した周囲は炎症と共に腫れ上がるし、その臥床期間は起き上がる事も出来ない。非常に辛い時だと思う。
そしてその期間が長ければ長いほど、十分な対策をしていても深部静脈血栓症となるリスクは高まるし、骨の中の脂肪が血中に流れ出して肺に詰まる脂肪塞栓なんて事もある。脂肪塞栓を見る事はあまりないけど、しっかり覚えていないとねー。
手術までの間は辛いっすもんね。自分らもしっかりと術前の介入をしなければならないっす!
やっぱり主疾患と合併症は切っても切り離せないからね。私たちもしっかりと勉強しないとね。
大丈夫っす!先輩に聞けば大体教えてくれるっすから!と安心しきった笑みを浮かべる白波に独学もまた必要だよ。と山吹は眉を上げる。だけどもその表情は随分と柔らかい。やっぱり学校の先生の時は女性に人気の先生だっただろうな。覚えていなかった白波以外の。と上代は再び笑みを浮かべた。
【これまでのあらすじ】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。
【これまでの話 その①】
【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】
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